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Babbo Natale

 今はクリスマスの最も中心的な時間帯だろう。東方の三博士が星を頼りに訪れたように、クリスマスには静かな夜が似合う。そして雪が似合う。

 しかし、なぜこのイベントはこれほどまでに多くの人々に受け入れられるのだろう。特に宗教色の薄い人々に強く効くようである。商業的に利用しやすいから、ギフトの口実にしやすいから、慣習化しているから、聖なるものにつながっているから・・・どの理由もしっくりこない。

 一方、子を持つ親にとってサンタの存在は大きい。小さな子どもはサンタを通してクリスマスにであう。これほど多くの子どもとそれに関連する大人がその存在を共有しているという事実がすごい。
 
 大人にとってサンタの意味合いは子供が幼年期か少年期化によって大きく変わる。
 それは子供の中にまどろむファンタジーに大人が捕らえられた時自然に始まり、やがて子供が成長すると大人は、そのファンタジーを(大人が考える)現実と結びつける態度を迫られる。

 私にとっては、それが嘘か本当かという次元を超えたところにその答えの糸口があるのではないかと考えるようになってきた。
 クリスマスというイベントへの思いは次第に弱くなっているが、冷たく澄んだ夜空の遠くの鈴の音だけは、心の奥深く耳鳴りのように響いている。
| つれづれ | 03:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
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