ALESSI+KUAD WORKSHOP 2010
産学連携@京都造形芸術大学



僕がかかわり始めて3年目となる京都造形芸術大学とALESSIとのワークショップALESSI+KUAD WORKSHOPがいよいよ今週金曜日から始まる。
一昨年よりのベーステーマがパラダイス。昨年度のテーマが、ウィリアム・モリスの「ユートピアだより」。

その深化版ともいえる今年のテーマは「OPEN AIR PARADISE」。つまり戸外と室内の関係を見直すというテーマである。

今アウトドアが世界的に人気なのはなぜだろう。一つは環境だろう。
自然環境を直に知るにはまずは外へ出ることである。そうなればまたアウトドアもこれまでのような一部の人たちのモノカルチャーではなく多様化は必至である。今回は、いわゆるアウトドアではない価値を探したい。アイデアがどのように展開するだろうか。

先週に続きまたイタリア関係である。そして特にイタリア色の濃い1週間になりそうである。
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「新しい杉」展に参加
「新しい杉」展

NUDE design by Soichiro Kanbayashi



今週水曜日から麻布十番ギャラリーで開催される「新しい杉」展に参加します。

今回は、今までにない曲面で構成されるむくの杉の椅子をデザインしました。杉は過剰植林と使い道のなさでさまざまな問題を引き起こしています。
しかし、今回天然乾燥杉以上の質と時間短縮を両立させた低温乾燥技術で乾燥させた新しい杉材を使用して家具をデザインしました。


杉は木の発泡剤のようです。弱いけれども空気をたくさん含んで軽くて温かいのです。弱さというのは21世紀のキーワードでもあります。そんな杉は、よく床材などに使われ、比較的直線や平面で使われている姿を見ますが、今回は杉の中に潜んでいる、人のヌードのような曲面を浮かび上がらせてみました。表面はすべすべに磨き、座面はちょうど太もものようです。杉に包まれるようなこの椅子は、風呂上がりに裸ですわってもひんやりとしません。

むくですが、極力肉厚を薄くしてあります。ぜひ裸で座ってください。

*この展覧会はgrove design主催で、4人のデザイナーがそれぞれ杉を使った家具などを発表します。

会期:6/2-6/7  11:00-19:00
会場:麻布十番ギャラリー
レセプション:6/4 18:00-20:00
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ミラノサローネ2010
MOROSO
MOROSO

Galleria Clio Calvi Rudy Volpi
Andrea BRANZI @ galleria Clio Calvi Rudy Volpi

ものを作る人は自分で道具を創る。
Erminio RIZZOTTIさんの道具(ものを作る人は自分で道具を創る。)


今年も学生とともにミラノサローネへ行ってきた。
今年は火山の噴火で帰国が危ぶまれたが、幸い予定通り帰国できた。滞在中は天気に恵まれ、ALESSIを訪問したついでにマッジョーレ湖のペスカトーレ島まで足を延ばした。大きなイベントもさることながらやはり、しっかりと自分のデザインをしているデザイナーやモノづくりの現場を見るのは楽しい。
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京都のねぶた paper sculpture







京都造形芸術大学で30余名の1年生とねぶたを作った。「真似事」と題されたこのねぶたは紙・針金・タコ糸などの素朴な素材と学生たちの汗とひたすら地道な作業によって作られる。

三回目となる今回のテーマは刺胞動物門。

細胞壁の微細な一部分から生まれたクラゲはやがて虚空へと生命の連鎖の弧を描く。それをさとったかのように越前クラゲが見つめている。

この変わった形式のねぶたは、準グランプリである特別賞を受賞した。一昨日に完成したこの作品は、儚くもわずかな寿命を全うし間もなく解体される。だが久しぶりにいつまでも見ていたいようなクオリティに出会った感じがした。
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INCLUSIVE DESIGN
大学でINCLUSIVE DESIGNというワークショップに参加した。ロンドンのRCAと京都大学、神戸芸術工科大学、九州大学などさまざまな大学から参加した人たちと一緒に、自己紹介もそこそこに、いきなり締め切り前日のような状態に突入しての作業であった。

何をやるのか明かされない全くゼロの状態から、通常の授業何か月分かを3日でやってしまうのだからしかたがない。ふらふらであったがなかなかおもしろかった。(仕事と睡眠の問題)

私たちのチームはDaniel Charny氏の誘導で複雑な問題を初対面どうしという定まらない人間関係をうまく調整しながらも手探りで構造化していっった。

どうなっていくのか不安だったりナーバスになったりするという人間的な局面も、デザインの一部であった。仕事のように大変な面と学びと啓蒙活動とをあれほどのなにもない状況で調整する曲芸飛行は大変参考になった。
(ニュートラルと調整と構造)

今回の私にとっての基層テーマは、何もない状況にどう取り組むか、ということだった。

それから英語で聞いて日本語で話すというちゃんぽん感覚も面白かった。何語で話しているかなんて問題じゃない状況に新しさを見出した。(新しい言語)
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Milano Salone del Mobile 2009

MOROSO design Tord Boontje

SENSEWARE
SENSEWARE

Studio at Michele de Lucchi
Michele de Lucchi Studio

Domus Academy
Domus Academy

Michiele de Lucchi
Michele de Lucchi

Il Laboratorio Servizio Design di
Erminio Rizzotti



ミラノサローネを見るのはこれで14年目となる。

今年は学生を連れて授業という形でのサローネだった。
不況の影響か新しいものは少ないという話を聞いた。様々なデザインを見ていくと昨今は、ファッションデザインのように装飾がデザインのテーマとなっている。装飾の定番といえば花柄。花柄の先駆けといえばTord Boontje。しかし、今回彼がMOROSOから発表したのは、花柄ではなく草花そのものだった。一見植物文様に見えるが、よく見ると本物の植物の押し花だ。次元が違う発想はやはり面白いと思った。

今回は、JAPAN DESIGNがいつもに増して目立った。むしろ東京を超えた日本としてのミラノという感じであった。東京ではなくミラノで会いましょうという感じであった。センスウェアの看板作品は、これでもかと子供を興奮させていた。これもTord Boontjeに通じる何かを感じた。

一方今回の旅は、たくさんのスタジオや工場や工房を訪ねた。これらはその断片。デ・ルッキのスタジオでは、石や煉瓦の国なのにふんだんに木を使いその現代的な木の使い方に驚いた。その日は朝からポリテクニコの工房、ドムスアカデミーの工房、そしてデ・ルッキの工房と少しづつコンパクトになる工房を続けて見た。しかし、デ・ルッキの工房が一番楽しそうだった。 

他の日に見た、Rizzotti氏の工房は由緒正しいデザイン好きの工房そのもので感激した。

しかし、ミラノサローネが大衆化すればするほど本来のラジカルなデザインが消えてゆくように思う。
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スキマロボットinインタラクション2009
インタラクション2009にて


インタラクション2009にて




ロボットにはふつう体があるが、なにもないすきま(空洞)をロボットにしたら・・。そんな発想から始まった研究を先日行われたインタラクション2009で発表した。

数年前のインタラクションでたまたま目にした慶応義塾大学今井先生の研究室の大澤さんが発表されていたディスプレイロボットをみて思いついたことから、共同研究が始まった。ゆっくりとした足取りではあったがひとつの形になった。

ひとつは、目や腕といった明示的なデバイスを机の下に取り付けたもの。これは、机の下に足を入れて動かすと目や手の動きでリアクションするロボットである。(Youtubeにアップされています。)

もうひとつは、より暗示的に、呼吸というインターフェースを使った。棚と棚のすきまでは、ふだんから幽かにロボットが息をしており、そこに手を入れると呼吸が荒くなるというロボットである。それを視覚的にも表現力を高めるために毛足の長いボアを採用した。

もともとスキマというのはゴミ箱のように意識にのぼりにくい場所である。そこにより静かなインターフェースを付けることでメタ意識に働きかけようとする試みである。

これは昨年秋にコンテクストデザインワークショップで行ったものの流れの中にある研究であり、デザインリサーチである。

この研究は今後も継続する予定で、今年の秋ころにはまた関連のワークショップを東京自由大学コンテクストデザインワークショップの中で行う予定である。
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根本中堂-見たことのない空間
比叡山延暦寺根本中堂

大晦日である。

先日ついに比叡山に行ってきた。

先週京都に初雪が降ったが市街地には積らなかった。しかし、比叡山はうっすら白くなっていた。その雪がまだ残る中比叡山延暦寺に行ってきた。
比叡山延暦寺についての前知識は、私が参加しているモノ学・感覚価値研究会の鎌田先生の東山修験道記くらいのものだった。それで根本中堂を目当てで雪の中を訪ねた。

諸堂の屋根に積もった雪が、ときどきどさっと落ちていた。

根本中堂は、予想に反して少し下がったところにどっしりと立っていた。

靴を脱ぐと冷えた板の間が足に冬を伝える。正月前のこんな季節に人はまばらだった。

回廊を行くとやがて本堂にたどりつく。そこは太い列柱がならんでいて、ところどころあいた開口部から闇が見えている。

闇に眼を凝らすと読経が聞こえてくる。

やがて、奥の空間が感じられ、仏像や薄暗い灯篭が見えてくる。床は重厚な石である。全体に密度感のある空間が感じられる。

こんな空間はこれまで見たことがない。
日本ではないような感じもするがかといってエキゾチックでもない。
手前の空間からのぞく奥の闇空間の光の感じが絶妙である。
薄い作務衣の僧侶が作業をしている。

寒さが空間を一層ひきしめていた。

ここまで来たかいがあったと思った。



延暦寺のいたるところに「一隅を照らす」と書かれていた。この言葉に大変ひかれた。

かつて、暗いあかりをテーマに、何人かの照明デザイナーやプロダクトデザイナーが集まって行なわれた暗いあかり展シリーズの最初の展覧会のためにデザインしたものにダークマンという作品がある。手足の関節が自在に動く木製人形の頭を電球にしたものである。

私たちの親の時代は灯火管制の反動か、闇を嫌い、蛍光灯を普及させた。特に部屋の隅が薄暗いのが気になるようである。そのため、部屋の隅まで明るくなるように強い光源(蛍光灯)を部屋の真ん中、あついは天井いっぱい配置する。
しかし、なにもむりやりすべてを明るくしなくても、部屋を暗くしたままでも隅だけ明るくすれば特有の薄暗さが消えるのではないか。逆に、気づきにくい隅っここそを明るくすることが重要ではないだろうか。

そんなことから隅っこだけを照らすダークマンをデザインしたのである。

一隅を照らすという言葉を見てそんなことを思い出した。

今日は大晦日である。まもなく新しい年を迎える。




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